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 拙著『それゆけ! 宇宙戦艦ヤマモト・ヨーコ』第一巻「ゲットレディ!」からの質問ですね。
 さて、結論から言ってしまいますと、正式の科学用語として「ラプラスの逆悪魔」というものはありません。これはあくまで僕の造語です。ちなみに作品中では「悪魔」に「デビル」とルビを振りましたが、本当は「デーモン」(小暮ではない)かもしれない。

 ご存じない方のために簡単な説明をさせて頂きますと、「ラプラスの悪魔」なる用語(科学上の慣用句というべきか?)は実際に存在します。
 これはその昔、ラプラスという物理学者が提唱した理論にその端緒を発します。
 そのラプラスさんが言い出した理論というのが、「ある時点における、宇宙に存在するすべての粒子の位置とベクトルを測定する事が出来れば、今後、宇宙に起きるすべての現象を、計算により導き出す事が出来るだろう」というものです(ベクトルとは、まぁ「どの方向へどれくらいの勢いで動いているか」程度に考えて下さっても構いません)。
 実際にこんな事を行なうのは不可能ですが、それを行なう事が可能な、理論上の存在として「ラプラスの悪魔」なるものが出てきたのです。
 一読したところでは、ちょっとよく分からないかもしれませんが、この理屈、考えようによっては、とてつもない事を言ってるのです。「これから宇宙に起きるすべての現象が計算によって導きだすことが可能ならば、宇宙全体の運命はすでに決定されてしまっている」と解釈することも出来るからです。
 ここで言っている「宇宙で起きるすべての現象」の中には、超新星の出現やブラックホールなど宇宙的規模の現象はもちろん、「日本はワールドカップのフランス大会に出場できるのだろうか?」とか、「果たして今やっている原稿は締切に間に合うのだろうかゞ(^^;」とか、「今日のご飯はカレーだろうか」などという、宇宙全体からすると非常に些末な事も含まれてしまいます。
 つまり「ラプラスの悪魔」が存在できるという事は、我々のいく末はすべて運命的に決められてしまっており、どうあがいても仕方がない、いやそのあがきすらもすべて決定付けられてしまっているという事になります。

 ところが今世紀になって形成された「不確定性原理」という理屈がこれに待ったをかけました。「不確定性原理」によると「粒子の位置とベクトルを同時に測定する事はできない」らしいのです。
 あまり適切な例えではないかも知れませんが、あえて言えば、真っ暗な部屋でビリヤードをやるようなもので、まっすぐに打ち出した手玉が当たれば、そこに他の玉があった事は分かります。しかし、手玉が当たったことにより、その玉も動いてしまい、今どこにあるのは分からなくなってしまう。まぁ、そんな事だと思ってください(厳密に言うと、多分、この例えは間違っていると思うけど……)。
 この「不確定性原理」により、「ラプラスの悪魔」の存在は否定され、宇宙の運命は不確定的、つまり運命によって定められたわけではない事になりました。日本がワールドカップに出られるか、今やっている原稿が締切に間に合うかも、誰も確定的な事は言えない。未来はどうなるか分かったもんじゃないって事になりました。

 さて、ここで一つ疑問です。
 未来がどうなるか分からないという事は分かりました。じゃあ過去はどうなるんでしょう?
 おもしろい事に「不確定性原理」は過去も未来も区別していません。単純に「不確定性原理」のみを考えるのなら、未来と同じく、過去も確定的ではない。どうなるかわかったもんじゃないと言うことが出来ます。
 実のところ、これは「ラプラスの悪魔」についても同様で、仮に「ある時点における、宇宙にあるすべての粒子の位置とベクトルを測定する事が出来る」のならば、「これまで宇宙で起きたすべての現象を計算によって導きだす事が可能」なのです。
 やったね! これで邪馬台国の位置も、ケネディ暗殺の真相も一発だ\(^^)/!!
 ところが前述のように「ラプラスの悪魔」なる存在は否定されました。すると未来同様、過去もやはり不確定、邪馬台国の位置も、ケネディ暗殺の真相も、その時によって変ってもおかしくないという事になります。
 ところがその一方で、記録や記憶というのものが存在して、ある時点の過去の出来事を確定してくれます。
 すると「ラプラスの悪魔」は存在しなくても、それの対極となるものは存在するのか?
 僕が「ラプラスの逆悪魔」なるものを思いついたのは、以上のような経緯からです。

 一応、作品中では「ラプラスの逆悪魔」なるものは存在せず、過去も未来と同様に、無限の可能性があるとしておりますが、これには科学的な論拠はまったくありません。
 単に「理屈の上ではそう言ってしまっても、別段、大きな問題はない」と、いう程度の事です。

 しかしながら「不確定性原理」が過去にも適用可能で、その結果、過去も不確定であるという結論が出てきてしまうのは事実のようです。それは以前にも何かの科学雑誌(確か『科学朝日』だったと思うが、失念してしまいました)でも指摘されておりました。
 その文面では記録や記憶、あるいははるか彼方からの恒星の光(我々が実際に見ている恒星の姿は、十数年から数万年も前のもの)を例に上げ、実際に過去が不確定である可能性は低いとしておりました(あと、これは僕が思いついたことなんですが、未来は観測不能なために不確定なままであるのに対して、過去は観測されたためにすでに決定されてしまったという考え方もできるなぁ……、と)。

 まぁ、しかしここまで来ると、ぐちゃぐちゃですな(笑)。実際、こうなると時間とは何かとか、他にもエントロピーの問題とかも関わってきそうですから、もはや僕の手に負えるレベルははるかに超越してしまっています(「不確定性原理」が出た時点でもう駄目というウワサも……f^_^;ポリポリ)。
 ここから先には皆さんがご自分で調べるなり、あるいは勉強なさるしてくださるようお願いしますm(__)m。
 僕のこんな戯言からでも物理学に興味をもつ方が現れ、ゆくゆくはその中からノーベル物理学賞の受賞者が出て、アナウンサーに「物理に興味をもたれたきっかけは何ですか?」と尋ねられた時に、「学生の頃に読んだ小説がきっかけで……」とコメントして下さったら、もう作家冥利につきるというものです(^^ゞ。

 最後に一つだけ、言い添えておきますと、SF作家の多くの方がそうであるように、僕もこの理屈を本心から信じているわけでありません。
 大抵の場合、SFに出てくる怪しげな理論というのは、ストーリー上の必要に迫られて、関係資料を引っ繰り返した結果、生み出されてくるものです。

(アイザック・アシモフの一連のロボットシリーズの登場するロボットは、陽電子頭脳(ポジトロン電子脳、ポジトロニクス)を持っているため、非常にすぐれてるという設定ですが、陽電子というのは反物質の一種で、通常物質と接触すると、物凄いエネルギーを放出して消えてしまうはずなのです。
 あるとき、アシモフはどうやって陽電子を安定させているのかとファンに尋ねられてこう答えたそうです。
アシモフ「さぁて……。見当もつかんね」)

 この「ラプラスの逆悪魔」(正確に言うと「ラプラスの逆悪魔」の否定ですが)も、『ヨーコ』という作品の中で、タイムパラドックスを回避するためにでっちあげたものです。まぁ、ただ単にタイムパラドックスを回避するためだけに、ここまでややこしい理屈を捻り回したのは、あまり例がないだろうと自負しておりますが(反面、理屈に振り回された感が無きにしも非ず……(^_^;))。
 またこの件について、「ここは違うんじゃないの?」という突っ込み、あるいは僕よりも的確に説明できる方、メールをお待ちしております<(__)>。
 正直、内容にそんな自信ないのですわ(^^ゞ。


1997/10/15作成